マリーの物語

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マリーの物語

極めて美しい愛の物語

激動の中世ヨーロッパを生きた女性、マリー・ド・ブルゴーニュ。
ブルゴーニュ公国、最後の君主であり、
世界で初めて、ダイヤモンドの婚約指輪をもらった女性と言われています。
ピュアマリーのブランド名は彼女の名前からつけられています。
マリーとダイヤモンドにまつわるエピソード。そして現代へと続く愛の物語をご紹介します。

「ピュアマリー」のブランド名の由来となった女性

マリー・ド・ブルゴーニュ

マリー・ド・ブルゴーニュは、14世紀から15世紀に栄えたブルゴーニュ公国の最後の君主でした。

美女中の美女と讃えられ、その可憐さから人々からは「我らが姫君」と呼ばれ愛されていた女性です。彼女は、世界で初めてダイヤモンドの婚約指輪をもらった人と言われています。結婚の約束にダイヤモンドの指輪を贈るという、現在では世界中で行われている文化の発祥となった女性です。

マリーにダイヤモンドの婚約指輪を贈った男性は、後に神聖ローマ皇帝となるマクシミリアン1世です。マリーとマクシミリアンの間には、国を守る使命、そして美しい愛の物語がありました。

マリーの窮地を救ったマクシミリアン

マクシミリアン

1477年、フランスとの戦いでマリーの父シャルルが戦死。さらにフランス王ルイ11世に軍を進められたことで 父シャルルの跡を継いだマリーは窮地に落ちいります。

そんなマリーを救ったのがマクシミリアンでした。マクシミリアンはマリーからの救援の求めに応じて結婚します。領地の一部をフランスに渡すものの、すべてを失わずに維持することができたのです。

世界初のダイヤモンドの婚約指輪

マリーとマクシミリアン

結婚の際、マクシミリアンは自分とマリー、そして聖母マリアの頭文字"M"をダイヤモンドでかたどった指輪を贈りました。この指輪が世界初のダイヤモンドの婚約指輪です。夫婦の愛と国の危機を救った象徴として、今でもウィーン美術館に大切に保管されています。

マリーとマクシミリアンの深い愛

聖母教会のマリーの墓

その後ブルゴーニュ公国は、マリーとマクシミリアンの共同統治となります。ふたりはとても仲がよく、共に領内を歴訪し支持を集めたそうです。

夫マクシミリアンは後に神聖ローマ皇帝となり、孫カール五世はさらなる大帝国を築きました。

残念ながら、マリーの人生は永くありませんでした。しかし、国を守ろうとしたマリーの願いは、孫の世代にも引き継がれたように思います。

マクシミリアンが亡くなったのは、マリーの死後37年も後のことでした。長い年月の間、政略のために新しい妻をむかえましたが、マクシミリアンの心臓だけはマリーの眠る墓に共に埋葬されました。このことから、マクシミリアンのマリーに対する深い愛を感じます。

マリーの新しい人生を象徴するダイヤモンド

マクシミリアン

マクシミリアンから贈られたダイヤモンドの婚約指輪は、マリー窮地を脱し、新しい人生を切り拓く象徴になりました。

マリーは、家族の愛に支えられながら夫と共に国を治め、狩りや乗馬に楽しむ活発な女性だったと言われています。その生き方は、中世のお姫様のイメージとはかけ離れているかもしれません。

しかし現代の女性にとっても、身近に感じられることも多いのではないでしょうか。
ピュアマリーダイヤモンドは、マリーのように自らの意志で新しい一歩を踏み出そうとする女性にこそ、ふさわしいダイヤモンドであると考えます。

そして、マリーの人生にダイヤモンドの指輪が寄り添ったように、ピュアマリーダイヤモンドもあなたの人生に寄り添う存在でありたいと願っています。

マリーとダイヤモンドと宝石職人

ベルケム(LODEWYK VAN BERCKEN)

人類が初めてダイヤモンドと出会ったのは4,000年も前のこと。ダイヤモンドは地球上で最も硬い鉱物ですから、なかなか美しく磨きあげることができず、長い間、宝石としての価値は高くありませんでした。

そのダイヤモンドを美しく磨くことに成功したのは、今から500年ほど前。ちょうどマリーの生きる時代でした。マリーとマクシミリアンが統治するブルゴーニュ公国(現在のベルギー)に住む宝石職人ベルケムが、ダイヤモンドの粉を使った研磨方法を考案しました。ベルケムの研磨方法の発見をきかっけに、ベルギーでは研磨技術が発達していきます。

輝きを手に入れたダイヤモンドは、宝石として高い評価を得て、現在まで続く一大産業へと発展し、現代でもベルギーは世界のダイヤモンド産業における中心的な役割を担っています。

ベルケムが、マリーの祖父フィリップに仕えていたということを考えると、マリーの婚約指輪と深い関わりを持っている可能性も少なくありませんね。